120年以上受け継がれてきた江戸表具の仕事
有限会社武笠表具店は1898(明治31)年、初代・武笠春吉氏が「春榮堂武笠表具店」として創業。さいたま市浦和区で四代にわたり表具の技を受け継いできました。現在は四代目・武笠敦史氏が店を継ぎ、掛軸・屏風・額の製作や修復をはじめ、書道家や日本画家の作品の表装、書道展のサポート、襖・障子の仕立てなどに携わっています。古くから伝わる作品をよみがえらせ、多くの書や美術作品を美しい姿で後世へ残すなど、日本の伝統文化を守りつないでいく仕事です。
江戸表具は、江戸幕府の開府を機に、京都から表具師たちが江戸へ移り住んだことで形づくられました。その後、江戸の気候や文化に合わせて、独自の発展を遂げていきます。京表具がまとうのが、公家文化を背景とした華やかな「雅」なら、江戸表具が映すのは、町人文化から生まれた洗練された「粋」。道具の形や仕立ての寸法にも、それぞれの土地で磨かれてきた細かな違いが残されています。
江戸表具の技を守る武笠表具店も、伝統をただ昔の姿のまま残すだけではありません。現代の生活空間に自然に溶け込む表装を意識し、色や素材、デザインへ新たな発想を取り入れています。培ってきた技で、今の暮らしに似合うものを生み出す姿勢にも、江戸の「粋」が息づいています。
心に響く文字を選び、書を引き立てる色を考える
体験で作るのは、書作品を主役にした木製のアートパネルです。
まずは、用意された複数の書作品から、自分の心に残った一枚を選びます。漢字は一文字にも意味があり、そこから受け取る印象もさまざま。文字に込められた意味を知り、自分が大切にしていることや、これからへの願いに重なる一文字を探してみましょう。
書が決まったら、表装に使われる色とりどりの裂地や和紙から、背景となる素材を選びます。「この文字にはどんな色が似合うだろう」「どんな素材なら書の雰囲気がより生きるだろう」。単に好みだけで決めるのではなく、主役となる書との調和を考えながら、もっとも書が引き立つ組み合わせを探していく時間です。
さらに、書作品の切り方や配置によっても印象は大きく変わります。余白を広く残すのか、文字のぎりぎりまで切るのか。中央に置くのか、あえて左右へ寄せるのか。職人と相談しながら、自分なりの見せ方を決めていきましょう。
裂地や和紙を裁断し、職人の技でパネルへ張り込む
デザインが決まったら、いよいよ表具の技を自分の手で体験します。
まずは木製パネルの大きさを測り、裏側へ巻き込むために各辺へ約3cmの余白を取って、裂地や和紙を裁断しましょう。
選んだ裂地や和紙を霧吹きで軽く湿らせ、正麩糊(しょうふのり)を薄くつけてパネルへ張り込みます。正麩糊は小麦のでんぷんから作られる、表具で古くから使われてきた糊です。素材をしっかりと接着しながら、水分を加えることで扱いやすい性質を持つため、表装や修復の仕事にも用いられてきました。糊一つをとっても、職人が使い続けてきた材料には、それぞれ理由があります。
裂地や和紙は強く引っ張りすぎず、自然に沿わせながら裏側へ巻き込むのが美しく仕上げるポイント。一見するとシンプルな「切る」「張る」という作業の中にも、素材を美しく仕立てるための職人の知恵が隠れています。
背景を張り終えたらいったん乾燥させ、選んだ書をカット。最初に決めた位置へ置き、バランスを確かめながら糊で張り付けます。最後にパネルの裏側へ吊り下げ用の金具と紐を取り付ければ、アートパネルの完成です。
自分で意味を考えて選んだ書に、自分の感性で裂地や和紙を合わせ、余白や配置まで決めて仕立てた一枚。同じ文字を選んだとしても、一つひとつの選択によってその表情は変わります。手を動かし、迷い、職人と相談しながら生み出したアートパネルは、自分の思いが重なった唯一無二の作品となるでしょう。
「主役を引き立てる」表具師の視点を持ち帰る
「表具は、主役である書や絵より目立ってしまってはいけません。一番見せたいものをどう引き立てるかが、表具に求められるところだと思います」
四代目・武笠敦史氏は、表具師の役割をそう語ります。いわば表具は、主役となる書や絵を支える「縁の下の力持ち」。自らが前へ出るのではなく、作品の魅力を最大限に引き出すことに、その技の真価があります。
書や素材を選び、余白や配置まで決めていく一つひとつの判断に、作品をより美しく見せようとする表具師の視点が込められています。武笠氏が「表具師が何を考えて作業しているのかまで体験してもらえたら面白い」と話すように、完成品だけを見ていては気付けない職人の視点に触れられることも、この体験ならではの魅力。完成したアートパネルを暮らしの中で目にするたびに、そこに記された言葉とともに、表具師の技や日本文化に触れた旅の記憶もよみがえるはずです。
1898(明治31)年創業。現在は四代目・武笠敦史氏が代表を務める。掛軸・屏風・額・襖・障子などの製作・修復から、書道展のサポートまで幅広く手掛ける。伝統技術を受け継ぎながら、現代の生活空間に調和する表装や新たなものづくりにも挑戦している。