清流を望む高田馬場で栄えた引染技術
江戸の文化を語る上で欠かせない染物。水量が豊富な神田川の流域で栄えた染め屋の工房は、時代の移り変わりとともに、美しい水を求めて上流へと遡っていきました。高田馬場周辺は、多くの染め屋が腰を下ろした集散地のひとつ。染物が栄えはじめてから数百年が経過した今も、東京における染物の一大生産地として賑わいを見せています。
ふじや染工房の創業は、日本が戦争からの夜明けを迎えつつあった1952(昭和27)年。長野への戦争疎開から浅草へ戻った初代が、染色技法「引染」の工房として染め屋を開始しました。二代目の代になると東京手描友禅のお誂え品(一点物)への引染が軸に。2003年に隆敏氏が三代目として仕事を継ぐ。2024年からは男性向けのファッションへの進出や有名ブランドとのコラボも。
江戸から続く染物を昔ながらの土間で体験
本体験の始まりは、職人による引染のレクチャーから。江戸から続く染物の歴史や引染の特徴、生み出される作品の話を聞くうちに、この後に待つ体験への期待が高まります。
引染の体験は、職人が働く工房である土間で行います。12mの反物を一直線に伸ばせる土間を持っている工房は、東京ではふじや染工房だけです。土間で作業をする理由は、染物の仕上がりを左右する湿度を自在に調節できるから。染物のための空間を作り上げた先人たちの知恵を知った衝撃で、思わず驚きの声が出てしまうかもしれません。
手ぬぐいに描く絵柄は、体験者が決めることができます。富士山、桜、だるまを選ぶのはもちろん、配置や数を変えたり、旅行の思い出に残る異なるモチーフを絵柄に選ぶのも自由です。描きたい絵柄が決まったら、いよいよ刷毛を使った引染の体験が始まります。
引染の技法で浮かび上がる自分だけの絵柄
手ぬぐいの生地を伸ばすのは2つの道具です。柱に結びつけられた「張手(はりて)」と、先端が針状の竹棒「伸子(しんし)」。縦横にピンと伸ばされた布へ、鹿の毛で作られた刷毛で染料を伸ばしていきます。
キレイに染めるコツは、染料をつけすぎずに手早く刷毛を「引く」こと。均一に染料を伸ばす部分と、刷毛を止めてにじませる部分を作るうちに、手ぬぐいの上にはあなただけの絵柄が浮かび上がってきます。江戸時代の職人と同じ技法で一枚の布を染め上げ終えた時には、引染が歴史に支持され続けてきた理由を理解できるでしょう。
過去から現代、そして未来へと伝統は続いていく
灯油ストーブの熱で染料を乾かす仕上げの間は、お茶を飲みながらショールームを見学。ふじや染工房が展開するブランド名「Jantle」は、「Japan」と「Gentle」から生まれた造語。「性別の枠を越え、男性にも気軽に染物のファッションを楽しんでほしい」という三代目・隆敏氏の想いが込められています。
隆敏氏は「江戸の町人のリクエストに応え続けてきた引染は、現代のファッションの要求にも応えられる技術。『伝統があるからいいもの』ではなく、未来につながるかっこよさを作り続けたいですね」と話しながら、息子の拓朗さんへと技術を受け継いでいます。体験で作り上げた手ぬぐいを手に取るときには、過去から現代、そして未来へと受け継がれていく”かっこいい”染物の姿を思い浮かべてください。
1952(昭和27)年に新宿区高田馬場にて創業。3代に渡り伝統的な「引染」の技術を継承する。顧客一人ひとりにあわせて行う調色が生み出す色彩豊かな表現力は国内外でも高い評価を受ける。近年では海外ブランドとのコラボレーション作品を世に送り出すなど、引染の新たな可能性を追求し続けている。