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【ロシアコラム】日本文化としての和食(鐵尾 安夫)

赤の広場から数分のところに「メトロポール」というホテルがある。1970年代半ば頃に私が1年程住んでいたホテルだ。現在は立派な建物に改築されているが、1903年に建設されロシア革命当時には革命議会の会場となり、レーニンが演説を行った由緒あるホテルである。同ホテルに「チャイナヤ」というロシアレストランがあった。独身で一人住まいだった私はしばしばこのレストランの世話になった。ロシア料理では前菜、スープ、メインディッシュ、デザートという流れでオーダーするが、この通りに食べ続けた結果、1ケ月で体重が5キロも増え、その後はメインディッシュをはずすことにした。同レストランの名物はガルショーク(壺焼き)とブリニィ(クレープのようなもの)で、前者は壺の中に煮込んだ肉と野菜が入っているもので、後者はブリニィに無塩バターを塗ってキャビアやイクラをのせたものだ。グルジア産の白ワインなどと一緒に食すると実に美味だった。

しかし、日本食が恋しくなることもあり、市内の食料品店で米、肉、魚、じゃがいも、卵などを買ってホテルの部屋でカレーライスや焼き魚を作ったこともあったが、他の客室から臭いがするとのクレームがあり、ほどなく手料理は中止となった。当時はモスクワ市内に日本料理店がなく、1980年代前半頃に「さくら」というレストランがようやく1軒オープンした。それまでは日本食が食べたくなった時は、モスクワで1軒あったロシア風中華料理店でペリメニ(ロシア風餃子)かウズベキスタン料理店でプロフ(焼き飯)とラグマン(肉うどん)を頂いた。その際の必需品は醤油、ラー油、唐辛子で、これらの脇役が日本風味を演出してくれた。

現在は寿司に代表される和食がポピュラーになっており、モスクワ市内でも相当な数の日本料理店が開店し、私の駐在時に比べると羨ましい限りである。ただ、若干気になることがある。ロシア人が経営し、ロシア人コックが作る寿司や和食を提供するスシ・バーは数多くあるが、来店客の殆どを占めるロシア人客に本物の料理を提供できているのだろうか、ということである。ロシア人コックの殆どは日本での修行経験がなく、モスクワでの和食調理教育を受けていないのではないだろうか?

 ロシアの方々に和食の真の素晴らしさを知って頂くためには、日本側からの積極的な機会提供を行うアプローチが必要と思われる。例えば、ロシア人経営者やコックさん達を対象にした日本への「和食トレーニングツアー」など。

和食に関心あるロシア人はその味覚だけでなく、盛り付けや和食器などにも関心を有する方々も多いと思う。料理トレーニングだけでなく、和食器製作現場や販売店などの訪問、さらに和食には欠かせない日本酒蔵元への訪問見学などを取り入れるとより関心が高まるだろう。

少し話がそれるが、あるロシア人から以下の話を聞いたことがある。「最近のロシア学生は日本語より中国語を第一外国語に選択することが多くなった。しかし、日本は心配することはない。中国語を選択する学生は中国とのビジネスを志向し、日本語を選択する学生は日本の文化を勉強する目的であるからだ。ビジネスは浮き沈みがあるが、文化は普遍的なものだ。」

昨年12月に和食が「世界無形文化遺産」に登録された。まさに和食は文化そのものである。和食の味覚、そしてそれを引き立たせる和食器などをロシアに幅広く普及させたいものだ。また、和食を普及させるためには外食だけでなく、一般のロシア家庭でも容易に料理ができる日本の家庭料理を紹介することも大事なことと思う。日本の料理学校のご協力を得るのも一手だが、実際に日常で家庭料理を準備する関係者の奥様方のご協力を得るのも効果的と思われる。

昨年春にサハリン州政府と漁業・水産関連団体が東京でプレゼンテーションを実施した。議題の一つに「昆布の有効利用」があった。サハリンでの昆布漁獲可能数量は約2万トンで実際の利用は3千トン~4千トン。ロシアでの用途は酢漬けの缶詰として食するのが主で新しい用途を見出したい、とのことである。

昆布は出汁の源として和食には欠かせない存在となっている。もしロシア家庭が昆布を出汁として使用するようになればサハリンでの昆布過剰資源化対策にも大いに貢献できることとなるだろうし、ロシア家庭での和食調理機会も増えるものと思われる。

次に、和食用食材をいかに供給するか、が課題となる。同課題の克服には根気強い和食の普及活動も必要になるし、一方ではロシアへの輸出実務作業が簡素化されることも必要となろう。前者はロシアの輸入代理店や食品小売店向け販促活動の強化、後者は日ロ両政府によるサポートに期待したい。

近い将来に「和食文化協会」なる団体がモスクワで創設され、日露関係者による共同運営がなされることになれば、より一層の弾みがつくものと思う。

1970年代のモスクワを経験した私にとっては夢のような話だが、実現に向かって微力ながら、何かのお役に立てればと思う次第である。



MrTetsuo.jpgLAPITAアドバイザー
ロシアビジネスコンサルタント
鐵尾 安夫 

日魯漁業にて旧ソ連からの農水産物輸入を行うとともに鮭鱒母船操業通訳官を担当。
ソニーでは旧ソ連向け放送機器システム輸出および同機器デファクト化の推進を行うとともにシェワルナゼ外務大臣(当時)のソニー訪問をアレンジするなど、ソニーと旧ソ連のブリッジ役として活躍。
2007年よりロシアビジネスコンサルタント業務を行うテツオ・トレーディング株式会社を設立し、中堅・中小企業のロシアビジネス支援をはじめ、2008年よりロシアNIS貿易会のビジネスマッチング事業コンサルタント、2009年より外務省主催の「在ロシア日本センター訪日研修事業プログラム」の一環としてロシア経営者幹部を対象としたビジネスセミナー講師を担当。

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